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任務十二年



ご覧になられた方も多いのではないでしょうか。


先日放送されたNHKドキュメンタリー
『ネコメンタリー 猫も、杓子(しゃくし)も。「角田光代とトト」』

直木賞作家の角田光代さんがこの番組の為に猫をテーマに書き下ろしたという
短編小説のタイトルは「任務十八年」。


猫と暮らす前と後ではすっかり世界が変わってしまった
という角田光代さんの世界観
そして何より、動物家族との暮らしを経験されたことのある方
誰しもの心に染みる素敵なお話でした。


一部を抜粋して掲載させていただきます。



*   *   *



「任務十八年」


さて、任務が終わったので 帰ることとなった。
借りていた衣を脱いで 元いた場所に帰る。
この衣をすっかり脱いでしまったら、私たちは人間界とは無関係になる。



私たちはそれぞれ、任務を受けて 
衣を借りて 担当の人間のところに向かう。
一人で行くこともあれば、兄弟や親子で行くこともある。
目が合って 念を送ると、狙い通り人間は 
私たちをいとも容易く家に招き入れる。
そうして私たちは、それぞれ定められた任務期間、
その人間と暮らし、定められた 諜報・謀略活動を行う。



任務は三年のこともあるし、二十年以上に亘ることもある。
私の場合は 十八年だった。
十八年・・・・・・・・・色々あった。
と 言いたいところだけれど、
私には今より前の事を考えることができないから、覚えていない。



衣を脱いで帰っていく間、背を丸めて 
私の脱いだ衣を抱きかかえて
わおん わおんと吠えるように泣きながら、
私の名前を呼ぶさくらさんの声が聞こえていた。



案の定 私は、十八年の功績を評価されて、
表彰され ご褒美に休暇をもらうこととなった。
私は少し考えたのだけれど、休暇を返上し 
任務の結果を視察したいと願い出た。



本来ならば、任務を離れたばかりの
人間のもとへ戻ることは許可されない。
けれども 多分、私の功績が認められ、その視察目的も 
納得のいくものだったのだろう。
許可が下りた。
   
一日だけ。



灰色の汚れた外用の衣を借りて、
私は再び 住み慣れた街へと降りていき、
赤い屋根の 小さなおうちの前にたどり着く。
見つかったらいけない。
あくまで視察なのだ。



公園を通り過ぎたところで、さくらさんが足を止める。
じっと何かを見る。
知っている。
電信柱の下に ずっと前から付着しているペンキが、
私か 私の仲間に見えるのだ。
まったく同じ場所なのに、さくらさんは何度でも 
見間違いをして足を止める。
そして 間違いに気付いて、
「なんだ、ペンキか。」と笑って立ち去るのだ。
でも この時は立ち去らず、その電信柱に近づいていく。
私でも 私の仲間でもない、ただのペンキの汚れだと
わかっているのに近づいて しゃがむ。
蹴るのか? 唾を吐くのか?
注視していると さくらさんはそっと手を伸ばし、
ただのペンキ跡を優しく撫でる。
ビクリとする。
その手の感触が、直に触られたかと思うくらい 
はっきり分かったから。



小さな小さな私を包んだ両手。
頭を持たせかけて眠った ふわふわのお腹。
嫌いだったシャンプーの泡と、柔らかいシャワーのお湯。
テーブルに乗り損ねて床に落ちて、
それを見て 弾けるように笑う声。
毎日用意されるご飯と、「おいしいねぇ。」という声。
暖かい日差しの中での居眠り。
交じり合う 私たちの寝息。



「ねぇねぇ、きっといつかまた別の衣をまとって、
あなたのところへ派遣されるから、待っていてよ。」
と 物陰から私は言いそうになる。
でも言わないのは 
おんなじ事をさくらさんもまた思っている事がわかるから。
さくらさんもいつかまた、
私が自分のところに戻ってくると 確信している事がわかるから。



角田光代「任務十八年」より



acolog
(撮影:2016.6.18)


この番組を見たのは偶然、たまたまだったのですが、
日頃あまりテレビを見ない私がこの番組に出会えたのも
何かの縁だったのかなぁと思うほど、自然と涙が頬をつたいました。

でもそれは悲しい涙じゃなくて、
心がじんわりとあたたかくなって
ただただ、らんまるを大切に思う気持ちで
胸がいっぱいになりました。


acolog


十二年七ヶ月という任務を終え
元の場所へ帰っていったらんまる。

今ごろは休暇をもらって、
しばらくはのんびり過ごしているのかな。


acolog


またいつか、別の衣をまとったらんまるが、
私たちの元へ派遣される日を、楽しみに待っているからね。


acolog


2度目の月命日に寄せて。



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